003:SWEET BABY サンプル

屋根裏への階段を昇りきるとそこにはメイドが立っていた。
あまりにも予想外の出来事に言葉も出てこないまま固まっている竜司にそのメイドは告げたのはたった一言。
「そこに座れ」
「そこは『おかえりなさいませ』だろ!?」


***


 ゆるやかに編まれたおさげ(ウィッグだろうか)に、いつもの眼鏡。黒を基調とした膝丈のスカートにひらひらのフリルをあしらったエプロン。オーソドックスな、いかにもといった風情のメイド服。かわいらしい女の子が着ていたのなら、一にも二にもなく歓声をあげたかもしれない。が、悲しいかな、着ているのはよく見知った男だ。顔はたしかに中性的な部類で整ってもいるが、体つきはごく平均的な青年らしいものである。さらに付け加えるなら、よく反射する眼鏡によって顔立ちがわかりづらくなっているので、ちょっと怪しい。
 とりあえず一言どうしても言いたかった。
「なんでメイド?」
 竜司の反応が意外だったのか、メイド姿の圭は不思議そうに首をかしげる。大きな目を丸くしている表情はなかなかいい。至近距離であれば眼鏡は邪魔にならずに表情を伺えるから、顔に集中すれば悪くないと竜司は内心で評価を改める。
「竜司はこういうの好きだって聞いたんだけどな」
「誰からだよ」
「双葉から。その前にも異様にメイドに食いついてたこともあったし」
「どんな流れでそういう話が出るんだよ」
「秘密。そんなメイド好きの竜司に癒し≠提供したくて企画しました」
 スカートの裾を摘んで軽くお辞儀。
「メイドルッキンパーティーの続き」
「お前と知り合ってから半年は経ってっけど、今日ほどお前がわからないと思ったことねーよ……」
「今日の竜司は素直じゃないな」
 そう言って圭が一歩。距離を詰める。ふわりと漂う香りは、いつものコーヒーやスパイスの混ざったものとは違う、甘くて女性的なものだ。
「竜司の部屋のベッドのさ、マットレスとフレームの間に……」
「……え、ちょ、おま、なんでそれ知って」
「昼寝してて見つけた。床に寝転がってるとちょうど見える」
竜司の大事なオタカラの隠し場所だ。
「マジかよ……で、見たのか」
 黙って頷く圭。
「竜司はご奉仕されたいんだな」
「おい、やめろ……」
頭を抱える竜司が。
「真面目な話、ベッド周辺に隠すのはやめたほうがいい。多分おばさんにはバレてると思う」
 ベッドは重点的にチェックされる場所だぞ。いっそ、堂々と置いておくという手もある。逆に気にされにくい。などといらないアドバイスまで贈られる。
「や、俺にはそんな度胸ねーわ」
まさかお前それやってんの?と問えば頷く。
「何も言われたことない……あ、これ実家の話な。こっちではやってない」
「マジかよ、度胸振り切れすぎだろ。じゃあ今はどうしてんの」
「秘密」
「俺ばっか一方的に見られてんの不公平じゃね?」
「あんなところに隠してるのが悪い。俺のことはどうでもいい、そこ、座って」
 竜司の恨めしげな目線を受け流し、ベッドを指し示す。
「あからさまに話題逸らしやがったな……へいへい」
これ以上不毛な話を続けるのは竜司にとっても得策ではない。促されるまま、ベッドの縁に腰掛ける。その前に立った圭を自然、見上げる形になる。
「この日のために川上先生に弟子入りしてきたんだ」