002:手を伸ばせば届く距離 サンプル


 諸々の事情で三学期の半ばまで学校に来られなかった我らがリーダーが今日やっと復学した。
 朝、校門前で見かけてやっと日常が戻ってきたと思った。以前聞いた通りの学校指定コートに身を包み、マフラーにマスク、肩にはモルガナ入りの鞄。つかモルガナ相変わらず連れて来るのかよ。
 肩を軽く叩いたつもりが自分で思ったよりも強かったらしく「痛い」と大して痛くなさそうな声に続けて、
「おはよう」
 今日は寒いな…とマフラーに顔を埋めながらいうのに、こちらも挨拶を返す。モルガナも鞄の隙間から顔だけちらりと見せる。
 久しぶりに来たというのに昨日までもずっとそうであったような落ち着いた態度。思い返せば、転校初日からこんなものだった気がする。
「マスクどしたん? 風邪?」
「喉痛くて……多分ひきかけ」
「まじか、休んだほうが良かったんじゃねーの」
 顔色を伺おうと覗きこんでも、前髪に眼鏡、マスクにマフラーと完全防備すぎてまったくわからない。しかも眼鏡は半ば曇っている。
「そこまでじゃない。熱もないし」
「ならいいけど、無理すんなよ」
 黙って頷く。俺のことを上から下まで見て、
「竜司は元気そうだな」
「俺? 俺はこの通りよ」
「薄着すぎないか」
 コートにマフラーもしてるし十分あったかい。
「フツーだっつの。お前が重装備すぎんだよ」
 他愛もない話をしながら校内に入り、教室前で別れる。特に気負った様子もなく教室に入っていくもじゃもじゃ頭を横目に自分の教室へ向かった。

 昼休み。
 メシどうすっかなと廊下を歩いていたら、朝と同じようにもじゃ毛が前を歩いていたので横に並ぶ。その姿になんとなく違和感を覚えるものの、なんでなのかわからない。
 今日はパンにするというので俺の分も頼み、代わりに飲み物を調達し、流れで一緒に食うことになった。寒いから教室から出たくない……廊下も暖房きかせたらいいのに……などとぼやいてるのを生返事で聞き流しながら、さっきの違和感がなんなのかまじまじと観察して、やっと気づいた。いつもよりもゆったりとした身体のラインは身につけているのがブレザーでなくカーディガンだったからか。それが違和感の正体。
 知識として制服の中にそういうのがあるのは知っていたし、実際そこらへんの女子は着ている。ただ、自分の周囲の男子生徒が着ているのは見たことがなかった。だから物珍しさが先に立った。多分そういうことだ。
「……何?」
 返事もろくにせずにじろじろ見られたせいか、怪訝そうな、少し落ち着かなげな様子だ。
「いや、それさ……」
「それ?」上着を指し示すと、「これ?」と袖口を引っ張ってみせる。
 朝起きて、あまりの寒さからブレザー一枚では耐えられないと中に着込むつもりで引っ張り出したものの、両方着るのは叶わず、仕方なく暖かい方を選択したらしい。
「あんまり着てる奴いないのな。あったかいのに」
「もしかして意外と寒がり?」
 からかいまじりな言い方をした俺が悪いといえばそうなのかもしれない。
「……まあ、そうかな」
「うわ!? つめてえ……」
 返事と同時に、冷えた指先で首に触れられて変な声が出た。
「なんでそんなに冷えてんだよ」
「寒いから」
「寒かったら体温下がるってお前それでも人間か」
 言いながら身を引いて、伸びてきた手をかわすと舌打ちしやがった。
「竜司は体温高いよな」
「鍛えてっからなー。お前も体動かせよ。走ってれば寒さなんて気にならなくなる」
「無理。布団からだって出たくない」
「……そんなこと言ってっとあっという間に筋肉落ちるぞ」
 さっきの仕返しとばかりに髪をくしゃくしゃかき混ぜてやる。
 怪盗やってた頃は、割と積極的にトレーニングしていたけど基本的にインドア派なんだよな、こいつ。
「春になったら本気出す」
「……お前地元に戻っちゃうじゃん」
「まあそうだけど」